4月19日第6回口頭弁論報告
第4 本人尋問で明らかとなった一室の占有すら認められない控訴人ら
駒場寮の一室の占有すら認められないと控訴人らが主張してきた控訴人のうち、本人尋問を行った==、==、==について、2001年2月15日の本人尋問結果等に基づいて、以下のように被控訴人側準備書面(2)に反論する。
1 教養学部による恣意的な「占有者」認定
第4回控訴人本人尋問(==・==・==)の結果明らかになったことは、原審による「占有者」の認定は、恣意的・狙い打ち的に学部がでっち上げ多占有者を追認する杜撰極まりないものであったという事実である。
以下、控訴審段階で実現した本人尋問の結果から、被控訴人主張の事実が誤謬に満ちたものであることを明らかにする。
2 「サークル寮生」とは
被控訴人らは、==・==・==の占有の根拠として主張してきた事実が控訴人準備書面(3)によって反論され尽くすや、本人尋問では主として==・==らの所属するサークルがサークル紹介誌に連絡先として駒場寮の一室を記載していたことをもって、あたかも==・==らがその一室を拠点として活動していたかのような尋問を行った。しかし、その尋問内容は、東京大学の学生サークルの実状やサークル寮生の意味、サークルの活動内容、駒場キャンパスにおけるサークル活動の実態などについて理解を欠いており、焦点がずれ、時に誤導・誘導に及ぶものであった。
例えば、被控訴代理人栗原は、控訴人==が駒場寮に入寮した当初入居した明寮4Sに関するサークルについて、尋問の当初「ジャーナリズム研究会」であることを前提に質問を繰り返し、控訴人==により明寮4Sを使用していたサークルは劇団である旨を指摘されて、ようやくその誤りに気付いて尋問を修正している。
そこで、占有関係の整理の前提として、駒場キャンパスにおけるサークルの実状を述べ、「サークル寮生」の意味を示すこととする。
(1)駒場キャンパスは東京大学に入学した者が教養学部生として少なくとも2年間を過ごす場所であり、教授・学生同士の交流の中で人格を成長させてゆく場所である。ここで、人格の成長は単に講義に出席すれば達成されるというものではない。サークルという人間相互の集団に参加し、自由に意見を述べて活動方針を決定し、それに沿って自立的に活動をするという行為もまた、人格の成長にとって必要な要素である。
かかる観点から、教養学部のサークルが加盟する自治団体である学友会は、その学生理事会規則第10条(義務)において、学友会加盟サークルの要件として「サークル員の有由な討論により、活動計画・課題・目標等を定め、協力してその達成を目指すこと。その際、スポンサー契約などによって、サークルの外部の意思に拘束されてはならない」とし、第11条(整理)において、学友会加盟サークルの「整理」(実質的な除名措置)の要件の一つとして「外部とのスポンサー契約などにより自主的な活動計画の設定ができなくなったとき」をあげているのである(乙202)。
すなわち、サークル活動は学生生活において決して「余技」と位置づけられるものではなく、多感な青春期における全人格的成長にあたっての一つの重要な要素なのである。
(2)かかる学生の成長にとって必要な要素であるサークルの駒場における数であるが、1997年度槌音(駒場キャンパスにおけるサークル情報が掲載されている)に記載されている数は357団体に及ぶ。(乙203)
しかしながら、これら全てのサークルが駒場キャンパス内に部室などの活動場所を有しているわけではない。
駒場キャンパス内には学生会館・新学生会館・駒場寮・体育館・同窓会館・5号館・7号館などのサークルスペース(サークルの活動場所)があるが、どの場所をどのサークルが使用するかは学友会が決定する。
1994年度「槌音」によれば(乙204)、「現在、駒場キャンパスの部屋割り案は学友会学生理事会が一括して作成」し、「部屋割り案の対象には駒場キャンパスの全サークルスペースが含まれ、部屋を持てるのは学友会加盟サークルのみ」となっている。ちなみに、同年度における学友会加盟サークルの数は、文化系約150団体、運動系約100団体である。
(3)ところが、駒場キャンパス内のサークルスペースは恒常的に不足しており、学友会加盟サークルですら、何らかの形で部室等の活動場所を駒場キャンパス内に確保することは困難な状態にあった。そこで、サークルスペース不足解消のための緊急避難的な措置として、1981年以来、駒場寮委員会と学友会との協定により、明寮1階はサークルスペースとして利用されることになったのである。
なお、明寮1階のサークルスペースの割り当てに関しては「学友会学生理事会の作成、駒場寮委員会による承認」という経過で部屋割りが決定される仕組みになっており、ここでも学生たちの自治が貫徹されている。
このような、学友会と駒場寮委員会の協議の結果決定される明寮1階のサークルスペースに入居していた寮生のことを「サークル寮生」といい、==本人尋問中の「劇団」に関する事項がサークル寮生に関する事項ということになる。==補充陳述書における「サークルボックス」の第一の形態がこれである。
(4)ところで、前述したとおり、駒場にはサークルスペースの許容量よりも遙かに多いサークルが存在していたのであるから、駒場キャンパス内に部室を保有できないサークルもまた多数にのぼる。また、サークルの構成員の所属する大学が複数にまたがる場合に、東京大学以外の大学に部室を有しているため、駒場キャンパス内に特に部室を有する必要のないサークルも存在する。
しかし、いくら駒場キャンパス内に部室を有していなくても、東京大学のサークルとして活動する以上、学内に連絡先をおく必要性は存在する。また、郵便物の受け渡しなどで、駒場キャンパス内に連絡先をおく必要性も高い。まして、新入生を勧誘する原稿を掲載する「槌音」においては、連絡先を学内におくことは一定の権威付けにもつながることから、便宜的に駒場キャンパス内の活動場所(駒場寮も含む)を記載することはよくあることであった。控訴人==・==の尋問中における「文藝理論研究会」「ジャーナリズム研究会」に関する事項がこの形態であり、==補充陳述書における「サークルボックス」の第三の形態にあたる。
(5)以上の実態を知らず、被控訴人らは単に「槌音」に連絡先や部室として駒場寮をあげたことをもって控訴人らの占有を基礎付けるかのような尋問を行った。
この尋問内容が如何に実態に反するかは、被控訴人らが証拠として提出し、尋問に使用した槌音30(甲53号証の1)における他のサークルの記載を見れば一目瞭然である。
駒場寮を部室としているが、本件訴訟および先行する仮処分について当事者となっていない者が連絡先の氏名となっているサークル
「きらめき高校総合政策研究所」(部室:北寮26B)
「社会科学文献読書会」(活動場所・部室:北寮2S)
「テアトルムムンディー」(活動場所:北寮21S)
「東京大劇場」(部室:中寮9S)
「東大 山城組」(活動場所・部室:明瞭0B)
「東大 しごきクラブ」(部室:駒場寮北寮30B)
これらのサークルの連絡先として記載された者を含む主要な構成員は、いかなる意味においても駒場寮明け渡し訴訟に関与していないのであり、そのような者であっても駒場寮内を連絡先として記載しているのである。
すなわち、駒場寮をサークルの活動場所・連絡先として記載しても、駒場寮の占有に関して消長を来さないことは極めて明白である。
(6) また、1997年9月10日の占有移転禁止仮処分執行調書には、以下のサークルの部屋が認定されている。
フランス語研究会 青春研 風速0.5サークル 漫画倶楽部 ギャラリーオブスキュワ 演劇サークル アートクラブ カリブ海文化交流サークル 音楽サークル テニスサークル 東京大学曽瓦山道学生会 矛道サークル アメリカンフットボールサークル 模型サークル
これらのサークルの主催者ないし主要な構成員を駒場寮の「共同占有者」とすると、共同占有者は無数に広がってしまう。にもかかわらず、それらのサークルの主催者については、全く占有認定されていない。また、サークルの主催者や構成員の変更については、特に寮委員会での手続を要しないから、占有移転禁止仮処分の効力が及ばない占有者となりやすいのがこのサークルの主催者ないし主要な構成員である。サークルの主催者ないし主要な構成員を駒場寮の「共同占有者」とする理論は、本件紛争を無限に引き延ばす結果を生じさせかねないのである。
次に、別の角度から被控訴人の尋問内容が如何に実態に反するかを示す(使用資料は槌音30(甲53号証の1)である)
駒場寮北寮2Sを活動場所ないし部室として記載するサークル
「東京大学総合政策研究所」
「戦争と天皇制を考える会」
「Feminism研究会」
「社会科学文献読書会」
「現代哲学研究会」
これらのサークルに加えて「ジャーナリズム研究会」「文藝理論研究会」が北寮2Sを活動場所ないし部室として使用することを想定するのは非現実的である。これらのサークルの構成員が集まっただけで、北寮2Sの部屋は一杯となり、満足なサークル活動ができなくなることは明らかである。
結局、北寮2Sの部屋は、これらのサークル活動に当たっての連絡先という役目を果たしていただけであり、北寮2Sを活動場所として記載したからといって、駒場寮の占有につながるものでないことは明らかである。
3 控訴人==は駒場寮を占有していない
(1) 控訴人==は、駒場寮に入寮したことはなく、居住場所および住民票上の住所も一貫して千葉県内にあった。従って、第2次占有移転禁止仮処分執行時(1997年8月7日)、駒場寮全体を共同占有していないどころか駒場寮の1室をも占有していない。
被控訴人は、控訴人==が駒場寮を占有している根拠として、原審準備書面(6)において、@第2次占有移転禁止仮処分執行時(1997年8月7日)の控訴人==の供述、A第1次占有移転禁止仮処分執行時の1996年9月10日に駒場寮に居住していたことが生井澤寛教授(以下「生井澤」という)により確認されたこと、B同年11月28日にも駒場寮内で活動していたことが生井澤により確認されたこと、C同年5月23日及びD6月28日においても、駒場寮から現れて東京大学職員などの作業を妨害するなどの行為を行ったことをあげ、控訴審準備書面(2)において、E控訴人==が所属する文藝理論研究会というサークルがサークル紹介誌「槌音」ないし「羅針盤」(以下特に断りない限り「槌音」と称する)に載せた紹介文中において活動場所を「駒場寮北寮2S」としていることをあげる。
(2) しかし、かかる根拠がいずれも虚偽であるか、誇張に満ちたものであることは以下のとおり明らかである。
1) @について:当日、控訴人==は、東大本郷キャンパスの研究室に立ち寄って、夜は高校の友人と高校のあった千葉県柏市で飲み会をしていた(==本人尋問調書2頁)。かかる事実については定期券(乙158)による裏付けがある。通いもしない経路の通学定期券を買うということは通常考えられないから、通学定期を有する控訴人==が当日本郷キャンパスに通学していたことは明らかである。
控訴人==の陳述書(乙126)によれば、控訴人==は執行官に対して第2次占有移転禁止仮処分の時点で控訴人==に関して、駒場寮に居住している旨陳述した事実はない。
被控訴人もこの点に関し尋問中で何の反論もできていない。
2) Aについて:当日、控訴人==は船橋の自宅にいた(==本人尋問調書4頁)。駒場に着いたのは午後1時ころであり、その行動としても駒場寮前に張ってあったロープを越えていない。同人は自分は寮生でないという意識を有していたため、寮内に入るよりも、自体の不当性をEメールで知人らに知らせるという行動をとったのである。なお、被控訴人はこの点に関し尋問中で何の反論もできていない。
3) Bについて:当日早朝、控訴人==はアニメの上映会の準備のため駒場寮に来ていただけである(==本人尋問調書6頁)。同人は、学部当局による突然の停電措置の不当性に怒って寮生と教官の話し合いには付いていった(同調書7頁)ものの、寮には入っていない。この日の抗議行動ももっぱらアニメ上映中止を余儀なくされたことの不当性を訴えていたのであり、駒場寮の占有を主張してはいない。被控訴人もこの点に関し尋問中で何の反論もできていない。
4) Cについて:5月23日、控訴人==は五月祭の準備のため駒場に学友会OBとして学友会室の印刷機を借りに来ていた(==本人尋問調書9頁)。学友会へ呼出の電話がかかったため、寮生と学生課の話し合いには行ったが、学生課職員に対してきちんと説明するように要求しただけで、寮の風呂に対する管理権や占有については発言していない(同調書10頁)。
5) Dについて:6月28日、控訴人==は自宅から駒場寮に向かった。
被控訴人は準備書面(2)で、控訴人==が駒場寮に駆けつけたときには「既に渡り廊下や北寮の庇が取り壊された後であった」との控訴人らの主張を事実に反すると主張するが、甲47号証によれば、8時41分には南側渡り廊下屋根は取り壊され、9時には、庇の支柱は鉄骨だけの状態となり、北側屋根は==らが乗ったまま解体されたのだから、控訴人らの主張は事実に反しないことは明らかである。
控訴人==は、その後庇の上に登っているが、その理由は、日頃「知のモラル」を説きながら、このような違法行為を教官のモラルを許せなく思い抗議したためであり(同調書12頁)、駒場寮の占有を保持するためではない。その抗議の様態もガードマン達の攻撃に対する受け身の姿勢であった(同調書13頁)。
被控訴人は「消化器噴射」の項に==の名前があることをもって、あたかも控訴人==が消化器を噴射したかのように尋問するが(同調書18頁)、庇の上に立っていた人数は相当数にのぼり、そのうちの誰が噴射したかは不明である。==自身は噴射していないのだから、誤導尋問である。
また、被控訴人は控訴人==が駒場寮内に入ったことを尋問中で指摘するが(同調書20頁)、当日は教養学部当局が従来の交渉の域を超え、ガードマン達による暴行を容認し駒場寮生に襲いかかってきたものであり、負傷者が多数出る状況であった。かかる状況を目撃して控訴人==が友人の安否を気遣うのは当然であり、安否確認のため駒場寮内に立ち入ったことは何ら非難されることではない。
自らがガードマン達を導入して学生に暴行を加えながら、これに対する防衛行為をとらえて占有に加担したとする被控訴人の論理は禁反言に抵触し、許されない。
6) Eについて:文藝理論研究会は駒場寮の管理に関わらず(==本人尋問調書3頁)、駒場寮を部室・連絡先として「槌音」に記載したからといって駒場寮を占有したことにならないことは既に詳述した。事実、文藝理論研究会の連絡先の電話番号は控訴人==が居住している豊島寮の番号なのであり、(同調書22頁)、駒場寮での活動実態がないことは明白である。
4 控訴人==は駒場寮を占有していない
(1) 控訴人==は、1996年3月末日をもって駒場寮を退寮し、その後は、駒場寮全体を共同占有するどころか、駒場寮の1室すら占有していない。
控訴人==は1996年4月1日付で向ヶ岡寮に入寮し、寮の娯楽室での連日の交流によって向ヶ丘寮生らの信頼を得、同年6月から10月までの間、向ヶ岡寮寮生大会の議長、10月から1997年1月までの間、向ヶ岡寮寮委員長を務めた(乙155,156)。
これらの仕事は向ヶ岡寮の生活密着した仕事であり、且つ激務であるから、控訴人==が向ヶ岡寮に生活の根拠を有していたことは明白である。
加えて、控訴人==は、1996年に文学部に進学すると、文学部の学生自治組織である文学部学友会の再建に取り組み、1996年6月から文学部学友会の委員長に選出され、同年7月には文学部学生ホール改修について文学部第二委員会との間で交渉を行うなど、文学友会の業務で忙殺されていた(乙157)。従って、日中、駒場寮を訪ねることは殆ど出来ず、駒場寮を占有した事実はなかったのである。
(2) 被控訴人は、控訴人==が駒場寮を占有している根拠として、原審被控訴人側準備書面(6)において、@第1次占有移転禁止仮処分執行時(1996年9月10日)の際の弁護士加藤健次の供述、A占有移転禁止仮処分につき異議申立を行っていないことをあげた。また、控訴審準備書面(2)において、B1996年4月24日に行われた駒場寮廃寮反対集会に参加したこと、C1997年1月14日に行われた駒場寮廃寮反対集会に参加したこと、D1997年4月10日に強行された明寮仮囲い工事についての抗議行動に参加したことをあげる。
しかし、これらの根拠がいずれも虚偽であるか、誇張に満ちたものであることは以下のとおり明らかである。
1) @について:前述のように、執行官らは弁護士加藤健次の主張を受け入れ、債務者らによる共同占有の事実を認めることができなかったために「専用している」という表現を用いたのである。なお、被控訴人はこの点に関し尋問中に何の反論もできていない。
2) Aについて:控訴人==はそもそも駒場寮を占有していなかったのであるから、占有を固定する占有移転禁止仮処分に異議を申し立てる意義を感じなかったのである。控訴人==はその尋問中、「執行異議そのものをやっておりません。まあ、そもそも駒場寮を僕が占有しているというのは荒唐無稽でばかばかしい話でしたので」と述べている。
この点について被控訴人は、控訴人==が執行異議を取り下げたとの虚偽の主張を行い、これが指摘されるや、この点について何ら反論を行っていない。
3) Bについて:この集会が開かれた場所は101号館であり、駒場寮から遙かに離れている(==本人尋問調書16頁)。集会における控訴人==の行動は駒場寮への立ち入りを阻止するものではなかった(同調書16頁)。101号館の前で集会に参加しただけである控訴人==の行動は、いかなる意味においても占有に結びつくものでない。
また、この時の集会は東京大学が駒場寮の渡り廊下の一部を取り壊したことに対する抗議行動である(被控訴人側控訴審準備書面(2))。取り壊しに抗議する学生らが詰めかける中、学部当局が解体工事業者にチェーンソーを回させるという重傷者すら出かねない危険な行為に対して、抗議行動を行ったのであり、何ら占有の意思を示すものではない。また、この日控訴人==は、向ヶ岡寮生を代表して拡声器をもってシュプレヒコールをしているのだから、駒場寮委員会の指導下にはなく、その点でも駒場寮の共同占有の意思は認められない。
4) Cについて:この集会が開かれた場所は北寮と明寮の合間であり(==本人尋問調書16頁)、駒場寮への立ち入りを阻止するようなことはできない。事実、甲50号証の2の写真によれば、寮をふさぐような行為は見られないことが明白である。
また、この日の集会は、「法的措置撤回!寮存続!全国集会」である。それは、駒場寮存続のための問題の話し合い解決を求め、それに反する訴訟提起という法的措置の撤回を求める集会であって、寮生が寮の管理占有を主張する集会ではない。また、この集会は「全国集会」であって、駒場寮を支援する全国の学生が参加したのである。控訴人==は、向ヶ岡寮寮委員長として向ヶ岡寮委員会を代表してこの集会に参加したのだから、駒場寮委員会の指導下にはない。従って、この集会に参加しても占有の意思が認められないことは明白である。
5) Dについて:1997年4月10日に行われたのは、第2次明寮明渡断行仮処分であって、仮囲い設置工事ではない。右工事が行われたのは、1997年3月30日と4月12日である(被控訴人側控訴審準備書面(2)6頁4(2)、乙50号証18,19頁)。被控訴人は、甲50の3〜5の写真を証拠としてこの時の控訴人==の行動を論難するが、控訴人の主張からは4月10日か、3月10日か、4月12日か、いずれの行動か、明らかでないので、反論しようがない。
被控訴人は、何月何日の行動について指摘しているのか、速やかに釈明されたい。
5 控訴人==は駒場寮を占有していない
(1) 控訴人==は、1996年3月末日をもって駒場寮を退寮し、1996年9月10日の第1次占有移転禁止仮処分執行時には、神奈川県藤沢市の実家に居住しており、駒場寮の共同占有はおろかその1室をも占有していない。
なお、控訴人==は第一次占有移転禁止仮処分の際に占有者として認定されているが、かかる認定は全くの誤りであり、虚偽であることは以下の点から明らかである。まず、仮処分調書添付の図面に全く記載がない。調書添付の図面には当時駒場寮で生活していた多数の者の氏名が記載されているが、控訴人==は当然ながら寮にいる訳がなく、記載がされなかったのである。また、この仮処分が行われた期間は控訴人==の試験期間と重なっていて控訴人==は試験勉強に集中していて駒場寮に行く余裕はなく(==本人尋問調書2頁以降)、そのことは通学定期券の存在からも明らかである(同調書2頁・乙132号証)。
駒場寮に全く存在していなかったにもかかわらず、控訴人==を占有者として仮執行調書に占有者として記載されてしまったことは、いかに占有認定が杜撰に行われたかということの証左である。
(2) 被控訴人は、控訴人==が駒場寮を占有している根拠として、原審被控訴人側準備書面(6)において、@1997年6月28日に駒場寮から現れて東京大学職員などの作業を妨害したことをあげ、控訴審準備書面(2)において、A1996年9月10日の第1次占有移転禁止仮処分執行に対して執行異議の申し立てをしていないこと、B1996年11月28日に、南ホールへの電気供給停止に対する北寮前での抗議集会に参加していること、C控訴人==が所属するジャーナリズム研究会というサークルが「槌音」に載せた紹介文中において「週に一度、駒場寮のサークルボックスで学習会を開いています」と記載していることをあげる。
しかし、かかる根拠がいずれも虚偽であるか、誇張に満ちたものであることは以下のとおり明らかである。
1) @について:控訴人==が駒場に到着したのは午後4時30分ころであり、騒ぎは収まっていた(==本人尋問調書7頁)。このことは被控訴人提出の証拠からも明らかであり(甲47号証14頁)、騒ぎの収まった駒場寮に外部から駆けつけたことをもって駒場寮の占有の根拠とすることはできない。
また、被控訴人提出にかかる甲5号証の6頁において「旧北寮建物内へのガードマンおよび教職員団の立ち入りを妨害」の項に控訴人==の名があげられているが、この資料の原資料である同号証添付資料1から7までの全てを検討しても控訴人==に関する報告はない。すなわち、甲5号証の報告書における「妨害行為」の報告は極めていい加減なものであり、虚偽の事実ないし誇張された事実が記載されており、その「妨害行為」の記載に関する信用性は全くない。
以上から、1997年6月28日の控訴人==の行動をもって駒場寮の占有の根拠とすることはできず、被控訴人も尋問中で何ら反論できていない。
2) Aについて:控訴人==は第1次占有移転禁止仮処分の際に異議申立をしていないが、その理由は控訴人==に同じであり、異議申立自体に意義を感じなかったに過ぎないから、異議申立をしないことをもって占有認定の根拠とすることはできない。
3) Bについて: 被控訴人は、控訴人==が1996年11月28日、北寮前で歓談する写真を証拠提出し(甲51号証)控訴人==の抗議集会参加による駒場寮占有の根拠とするようである。
しかし、控訴人==が談笑する場所は北寮と生協との間の道路であって、学生なら誰でも通行している場所であり(==本人尋問8頁)、その場所での談笑が寮をふさぐということは有り得ない。また、甲51号証の写真において控訴人==らは和やかに歓談しているのみであり、控訴人==は抗議集会の終わり頃に立ち寄り、もっぱら歓談していたことがわかる。従って、控訴人==がこの集会で駒場寮の占有を主張する意思を示す行動をとっていないことは明らかである。なにゆえ被控訴人はこれをもって駒場寮の占有の根拠と主張するのか、理解に苦しむ。事実、尋問中において被控訴人は何ら反論できていない。
4) Cについて:ジャーナリズム研究会が駒場寮を部室・連絡先として「槌音」に記載したからといって駒場寮を占有したことにならないことは既に詳述した。事実、ジャーナリズム研究会の連絡先の電話番号は控訴人==の携帯および小石川の下宿先の番号であり(==本人尋問調書9頁)、駒場寮の電話を連絡先として記載していることはない。ジャーナリズム研究会の構成員には東京女子大の学生も含まれており(同調書16頁)、構成員も多様であることから活動場所も転々としていたのであり(同調書9頁)、駒場寮での活動実態がないことは明白である。
5) また、被控訴人らは、控訴人==が1997年5月23日、池田学生補佐の差別発言を追及したことを指摘するが、追及の理由は池田学生補佐の「浮浪者」という差別発言にあり(このことは被控訴人提出の甲28号証の記載からも明らか)、寮の管理権などとは別の話題であるから、これをもって駒場寮の占有の根拠となしえないことは明らかである。
(3)以上のとおり、控訴人==が駒場寮の「占有者」で有り得ない事実は、甲34号証(学友会ビラ)が何より雄弁に物語る。甲34号証は控訴人==と廃寮問題を巡って反対の意見を有する(つまり、廃寮推進派の)学生がまいた中傷ビラであり、控訴人==を激しく罵るのであるが、そのようなビラでさえも控訴人==を「元寮生」と表記せざるを得なかったのである。駒場寮を何としてもつぶしてしまいたい、そのためには学部と内通することすら厭わない学生であっても、控訴人==が駒場寮内で活動しているとは表記できなかったのである。
6 駒場寮を占有していない控訴人らが「占有者」として仕立てられた理由
以上のとおり、控訴人==・==・==が駒場寮を占有していないことは明白である。そして、かかる事実は学部も当然知っていたはずである。すなわち、控訴人==に関しては「元寮生」との記述のあるビラは被控訴人から提出されていること、控訴人==に関しては1996年度の本郷キャンパス進学に伴って向丘寮に入寮・寮委員長に選任された事実は東京大学学生部に届けられており、控訴人==に関しては1996年9月10日の第1次占有移転禁止仮処分に関する報告(甲14号証)に生井澤による虚偽の記載があることを==本人が生井澤に抗議していること(6)から、控訴人==・==・==が駒場寮の占有をしていないこと、少なくとも占有者ではないとの主張をしていたことを学部が知っていたことは明瞭である。
しかし、学部は彼らを「占有者」として応訴の負担を負わせることに固執した。
その理由は何か。
彼らが駒場寮廃寮反対運動に関わり、その主張が学内学生の多数の支持を得て、学生自治会代議員大会における廃寮反対決議・全学投票による廃寮反対決議の批准など、無数にわたる学生の廃寮反対の意思表示が繰り返されたことに対する感情的な反感があったためである。学部は駒場寮を廃寮にすれば夢のような規模と設備を有するCCCL計画が実現すると学生に宣伝し、学生の内部に廃寮賛成派を醸成しようと企んだが、CCCL計画が全く予算の裏付けのない、まさに「夢」でしかないことが暴露されて失敗に終わった。それどころか、学友会執行部を抱き込んで内通させたり(乙206)、目黒警察を酒席で接待して学生対策を練っていたこと(乙139〜146,147)が次々と判明し、学部のなりふり構わぬやり方が誰の目にも明らかになっていった。学部が電気・ガスの供給を停止するという「人道的に問題がある」(==本人尋問調書3頁)措置をとっても、毎年多数の入寮者が存在し、駒場寮で伸びやかに充実した日々を送っている現実に直面し、学部は廃寮反対運動そのものを敵視するようになった。そのため、廃寮反対運動に関わっていて目障りな者は、たとえ「占有者」でなくても「占有者」とでっち上げる労を厭わなかったのである。
例えば、控訴人==は1996年の占有移転禁止仮処分の際のガードマンの威圧的な行為について電子メールでいち早く事態の状況および不当性を友人たちに知らせている(==本人尋問調書5頁)。自己の行為の不当性をなるべくおおっぴらにしたくない被控訴人からすれば、控訴人==の行為によって不当な執行の実態が明らかになることは大きな打撃であり、控訴人==を敵視するようになった。
控訴人==は、1994,5年の教養学部在学当時、廃寮反対の集会に参加し、廃寮に理由がないことを学生たちに宣伝し、その結果学生の総意が廃寮反対となって代議員大会の決議や全学投票の批准結果となって現れていたことから、被控訴人は控訴人==を敵視するようになった(==本人尋問調書8頁)。
控訴人==は、廃寮反対の立場から加藤登紀子コンサートを数千人規模で成功させ、ストライキでは廃寮反対の立場を積極的に訴えてまわり、学部長交渉にも積極的に関わるなど(==本人5頁・6頁)、廃寮反対活動を行っていたことから、被控訴人は控訴人==を敵視するようになった。
こういった廃寮反対運動に関わる者については、学部により様々な圧力・嫌がらせ・恫喝が行われた。詳細は「11 本件明け渡し請求は権利濫用である」で述べる。
学部が控訴人==・==・==を「占有者」として応訴の負担を負わせた理由が上記の学部の態度の延長線上にあることは明白である。
7 小括
以上のとおり、証人尋問の結果控訴人==・==・==が駒場寮を占有していないことは明白であって、被控訴人らの占有に関する主張は事実に反する。このようないい加減な占有認定は控訴人==・==・==のみに存するわけではない。被控訴人の占有関係の主張はすべからく誤謬に満ちたものであった。にもかかわらず、それに沿って十分な審理を行わず、結果として学部の杜撰な「占有者」のでっちあげを追認してしまった原審の判断もまた誤りであって破棄を免れない。