4月19日第6回口頭弁論報告
第5 一室の占有すら認められない控訴人らと全寮連、都寮連
駒場寮の一室の占有すら認められないと控訴人らが主張してきた控訴人
== == == == == ==
== ==
のうち、前述の==、==、==以外について、陳述書等に基づいて、以下のように被控訴人側準備書面(2)に反論する。それと共に、全寮連と都寮連の占有についても言及する。
1 控訴人==
(1) 同人は、1995年4月に東京大学文科3類に入学し、1996年1月29日に駒場寮に入寮し、1997年3月6日時点では中寮32Sに居住して右部屋を占有していたが、同年4月に文学部歴史文科学科東洋史専攻に進学し、同年同年6月1日をもって駒場寮を退寮し、その後は駒場寮の1室を占有していない(控訴人==21頁、乙40の12、乙133)。駒場寮退寮後は、梅ヶ丘の叔母の家の近くである世田谷区梅丘××××にある××××というアパートを借り、住んでいた(乙134)。
甲11号証添付の各室占有関係調査表においても、同人の欄は全く空欄になっている。これは、仮処分執行に際しても同人の占有を証明するものが全く見つからなかったことを示している。控訴人==の陳述書(乙126)によれば、控訴人==は執行官に対して第2次占有移転禁止仮処分の時点で控訴人==に関して、駒場寮に居住している旨陳述した事実はない。
なお、甲46号証には同人の名前が登場するが、同人は1996年7月から1997年1月まで教養学部学友会学生理事会議長であり、1996年11月28日の行動は右学友会学生理事会議長として参加したのである。従って、駒場寮自治会ないし駒場寮委員会の指導下にはいることはあり得ない。
被控訴人は、原審準備書面(6)と控訴審準備書面(2)で、控訴人==の占有を認定した根拠として、1997年3月30日、4月10日、5月23日及び6月28日に駒場寮から現れて東京大学職員等の作業を妨害したことを挙げている。しかし、これらの日の行動についての真実は以下の通りである。
(2) 1997年3月30日について
この日、学部当局は、学生らが多数周辺にいるにもかかわらずトラックから大きな鉄パイプ、鉄板の搬出を強行するという危険な行為に出たので、違法な仮囲い設置工事に抗議すると共に、危険を未然に防止するため、トラックに乗ったに過ぎない。
(3) 同年4月10日について
前述のように、この日が、第2次明け渡し断行仮処分の執行であることは、しばらくの間知らされなかった。控訴人==は、ただ大量に現れたガードマンと作業員に抗議するため、座り込みを行っていたのであり、執行を妨害しているつもりはつゆほどもなかったのである。
この時か又は4月12日のフェンス設置工事の際に、控訴人==は、明寮の取り壊しを行おうとするガードマンに囲まれ、暴力を受けて頭部を強打し、救急車で病院に運ばれた。そのとき、学部側が派遣していた教官達の大半はニヤニヤ笑いながら、後ろからガードマン達に「もっとやれ」とけしかけていた。診断の結果、控訴人==は、脳内出血には至らなかったが、23日は頭がフラフラし、気分が悪かった。
(4) 同年5月23日について
同人は、教養学部学友会というサークルを統括する自治団体に携わっていたこともあり、寮内サークルの利益擁護の観点から駒場寮を訪れることがあった。5月23日には、たまたま寮を訪れたところ、寮食堂取り壊しについて騒ぎになっていることを聞き、学友会理事として、サークルにとっても重要な施設である寮食堂の取り壊しを食い止めたいとの一心から、抗議の行動に参加したものである。
(5) 同年6月28日について
同人は、早朝、自宅に寮生から、寮付近にガードマンが詰めかけてきたとの連絡が入り、緊急事態であると思い、自宅から自転車に乗って駒場の門のところに行った。そこで、教官等から大学敷地内にはいることを止められたが、重機まで寮付近に来ているとのことだったので、制止を振り切って駒場寮付近まで行き、抗議の行動を行ったのである。
この点に関し、被控訴人は準備書面(2)において、控訴人==が北寮の庇の上に座り込み、妨害行動を行ったことをもって論難する。しかし、前述のように被控訴人のいう「取り壊し等工事」は、違法な自力救済行為であり、控訴人==が行った、庇の上に座り込んだり、ホースで散水する如きは、極めて些細な非暴力の正当防衛的行為に過ぎない。
しかも、==は、かかる教養学部当局の違法行為に義憤を抱き、それに抗議するため右行為を行ったのであり、何ら占有の意思は見いだせない。
以上の事実からしても、控訴人==が駒場寮を共同占有していたと認められないことは明らかである。
2 控訴人==
(1) 控訴人==は1987年4月に東京大学教養学部文科3類に入学と同時に駒場寮入寮、1991年3月まで在寮したが、本郷の文学部進学に伴い同月時点で駒場寮を退寮し、その後は中野区中野××××に友人と共に住んでおり、駒場寮の1室を占有していない。また、同控訴人は1997年3月6日時点で、北寮15Sを部室として使用していた「風速0・5」という麻雀サークルの一員であったに過ぎず、右部屋について独立の占有を有していない(控訴人==21〜22頁、乙40の28、乙42)。
控訴人==については、第1次占有移転禁止仮処分調書添付の図面にも全く記載がないことからも明らかなように、右仮処分執行の際には全く占有の痕跡すら認定されていない。
被控訴人は、原審準備書面(6)と控訴審準備書面(2)で、控訴人==の占有を認定した根拠として、1997年3月30日、4月10日、6月28日に駒場寮から現れて東京大学職員等の作業を妨害したこと、同年8月7日の第2次占有移転禁止仮処分の執行においても、北寮の部屋の占有を認定されており、自ら執行にかかる仮処分調書に立会人として署名していることを挙げている。しかし、これらの日の行動についての真実は以下の通りである。
(2) 1997年3月30日について
前述のように、明寮に非債務者が残っているにもかかわらず、その取り壊しのために同日行われた違法な仮囲い設置行為に対して抗議行動を行った控訴人==に、何ら共同占有の意思も事実も認められない。
(3) 同年4月10日について
前述のように、この日の明け渡し断行仮処分は無審尋で行われ、事件の性質からしても不当な手続きであるため、控訴人==らはその不当な執行に対する抗議行動を行っていたのであり、何ら共同占有の意思も事実もない。
(4) 同年6月28日について
同年6月27日夜に、友人の駒場寮の部屋を訪れた控訴人==は、翌日寮風呂取り壊しがあるらしいことを聞き、危機感を持って駒場寮に泊まり込んだ。翌日は、寮風呂取り壊しに抗議する行動に寮OBとして参加したところ、ガードマンに殴られ、脳震とうを起こし、打撲の傷害を負い、めがねを壊されたのであり、むしろ被害者というべきである(乙122,123)。
(5) 同年8月7日について
同日、麻雀サークルのメンツが住んでいる北寮25Bを訪れていたところ、仮処分の執行を受けたのである。この時、==が立会人となったのは、現役寮生をかばう気持ちから、OBである自分が矢面に立とうとしたためである。同様にOBである==もこの時立会人となっており、立会人であるからといって占有が認められるわけでないことは、この点からも明らかである。
3 控訴人==
(1) 控訴人==は1995年3月まで在寮していたが、本郷に進学した同月末日時点で駒場寮を退寮し、その後は文京区白山××××に居住していたのであり、駒場寮の一室を占有していない(乙135)。右部屋について独立の占有を有していない
原審被控訴人側準備書面(6)で、被控訴人は、控訴人==の占有を認定した根拠として、明寮の明け渡し断行の仮処分が執行された1997年4月10日に駒場寮から現れて東京大学職員等の作業を妨害したこと、1997年当時、北寮19Bを部室として使用していた「==新聞社」という複数の部員を擁するサークルの一員であったことを挙げている。しかし、真実は以下の通りである。
(2) 1997年4月10日について
同日は、明寮明け渡し断行仮処分の執行の日であり、多くの寮OBがこの緊急事態にあたって前述のような不当な執行に抗議するために駆けつけてきていたのである。控訴人==は、そのうちの1人に過ぎず、何ら共同占有の意思も事実も認められないのである。
(3) 同人が「1996年度秋期駒場寮祭総合案内」というパンフレットの編集責任者となったのは、「==新聞」の編集者として有名であった同人の腕が買われて、寮生と寮外生の接点を広げる取り組みとして人材不足であった寮委員会に招請されたからであり、何ら、同人が寮生であったことを示すものではない(乙41)。
北寮19Bに部屋を有した「==新聞社」は、メンバー10名程度のサークルであり、その一員である==が独立して部室を占有することはなし得なかった(控訴人==21〜22頁、乙40の29、乙41)。
被控訴人は、「==新聞」の記載をもって==が駒場寮に居住していた根拠にしようとするが、==新聞は、一読すれば明らかなように、パロディ新聞であり、事実を誇張したり荒唐無稽な事実を記して読者を面白がらせるという目的を持った新聞である。その中の記載である「==の部屋を覗くオプショナルツアー」や「文京区と目黒区に住み(どちらに泊まるかはその日の気分次第)」との文を真面目に引用する被控訴人の態度には問題がある。
4 控訴人==
(1) 控訴人==は、占有移転仮処分の執行当時、駒場寮に部室を有していたサークルの一員であったに過ぎず、右部屋について独立の占有を有していない(控訴人==22頁)。住民票上も1995年12月1日から、杉並区和泉××××に住所があり、平成10年2月5日までは、そちらが生活の本拠であったことがわかる(乙136)。
被控訴人らは、原審準備書面(6)、控訴審準備書面(2)で、控訴人==の占有を認定する根拠として、1997年3月29日、同月30日、同年4月10日、同年5月23日、同年6月28日に駒場寮から現れて東京大学職員等の作業を妨害したことを挙げている。これらの真実について以下に述べる。
(2) 1997年3月29日について
同日は、第1次明け渡し断行仮処分執行の日である。この前日に、債務者とされた寮生は、自発的に明け渡すこととし、その通知をしていたにもかかわらず、教養学部当局は、大量のガードマンを動員するという恫喝的で不当な行為を行った。控訴人==は、そうした教養学部当局の不当行為に抗議する行動を行っていただけである。控訴人==が動産搬出のトラックの前に割って入ったのも、誰の所有する動産か確認すらしないやり方に怒りを感じたためである。従って、この日の行動に何ら占有を維持する意思を認めることは出来ない。
(3) 3月30日について
写真(甲59の3,4)に、ビデオカメラを抱えた同人の姿がはっきり写っていることからも、この日、同人は、主に自らの芸術系サークル活動の一環としてドキュメンタリーフィルムを撮影していたことは明らかである。
それは、何ら==が駒場寮を共同占有していたことを裏付けるものではない。むしろ、サークル活動を行っていたという控訴人側の主張を裏付けるものである。なお、本年2月に右の撮影を元にした控訴人==作成の映画が都内各地の映画館で上映されたことはよく知られる事実である。
(4) 4月10日について
この日、明け渡し断行仮処分の執行がなされることを知らされなかった控訴人==は、自体の説明がなされる前に作業が強行されることに抗議しただけであり、何ら占有の意思を示す行動をしたわけではない。
(5) 6月28日について
この日、控訴人==は、学部当局の違法な自力救済行為に抗議の意思を表明していたのであり、駒場寮の占有を保持する意思で行動していたわけではない。
5 控訴人==
控訴人==は、占有移転仮処分の執行当時、駒場寮に部室を有していた芸術系サークルの一員であったに過ぎず、右部屋について独立の占有を有していない(控訴人==22頁)。住民票上も1995年6月27日から1998年12月1日まで、兵庫県尼崎市××××に住所があり、そちらが生活の本拠であった(乙137,138)。
また、控訴人==の陳述書(乙126)によれば、控訴人==に関しては控訴人==は執行官に対して第2次占有移転禁止仮処分の時点で占有していない旨を述べている。控訴人==、控訴人==の両名に関しても、駒場寮に居住している旨陳述した事実はない。 被控訴人は、尼崎に生活の本拠がありながら駒場寮に部屋を有するサークルの一員であるとの主張は失当であると論難するが、芸術活動のためにたまに尼崎から駒場寮を訪れることはありうることであり、失当といわれる筋合いはない。
被控訴人は、原審準備書面(6)、控訴審準備書面(2)で、==の占有を認定する根拠として、一九九七年3月30日、同年五月23日、同年6月25日、同年6月28日に駒場寮から現れて東京大学職員等の作業を妨害したことを挙げている。
しかし、1997年3月30日の抗議行動が占有の根拠とならないことは、これまで述べてきたとおりである。また、5月23日には控訴人==と行動を共に映画作成のためのビデオを撮影していただけである。6月25日も同様の趣旨で写真撮影をしていただけであり、東京大学職員等の作業の妨害には全くなっていない。6月28日には、教養学部当局の不当な自力救済行為に抗議の意思を表明していたのであり、いずれも占有の意思でなされたものでないことは明らかである。従って、これらの行動をもって==の占有の根拠とすることはできないのである。
6 控訴人全寮連、都寮連は駒場寮を共同占有してはいない
全寮連・都寮連は駒場寮自治会の上部団体であり、前者は、全国の加盟寮を統括する学生寮自治会のナショナルセンターである。後者は、全都の加盟寮を統括する学生寮自治会のローカルセンターである。従って、団体の性格上も、実際の現場での行動においても駒場寮自治会ないし駒場寮委員会の指導下にはいることはあり得ない。
全寮連は、1964年5月以来、加盟寮である東京大学駒場寮の北寮32S中央書記局を置いている。都寮連も同様に北寮32Bに書記局を置いている(乙15の1添付資料A)。全寮連、都寮連は、いずれもそれぞれ書記局スペースにつき、駒場寮自治会と賃貸借契約を結び、水光熱費等実費を支払っている(乙108)。しかし、全寮連、都寮連は、駒場寮自治会の構成員でもないため、駒場寮の他のスペースの管理占有には一切関与していない。
さらに、それ自体、およそ理由となら無いものであるが、原判決が、共同占有認定の理由として摘示するような、駒場寮への新規入寮者の募集を継続して行い、入寮者の可否を決定したことなどはない。
従って、全寮連、都寮連が駒場寮の共同占有者と認定されていることの誤りは明白である。
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