駒場寮は、寮生だけが単なる寝泊まりのためだけに独占する場所ではありません。これまで一貫して学内外を問わず幅広い交流の場として機能してきました。交流の中身を必ずしも学内外で峻別出来るとは限りませんし、またその区別の帯びる意味については別に検討すべきですが、取り敢えずここでは便宜的に学内と学外に分けて考えたいと思います。
駒場寮が学内交流の活発な拠点として機能する最大の条件は、何といっても学内寮であるということです。狭い上に、片道1時間近くかかってしまう「三鷹宿舎」でこの機能を代替することは到底不可能と言う他ありません。また、大人数が入るだけの広さが確保出来るか、隣の住人に迷惑にならないか、場所が分かりにくくないか、等の様々な問題から、近所の下宿でも代替することは容易ではありません。駒場寮は、相部屋制で部屋内自治が生きており、門限もないため、交流拠点たる条件が整っていると言えます。
このような条件に支えられ、駒場寮は学生同士の交流の場となってきました。寮生のクラスやサークルの友人が遊びに来ては、授業の空きコマにくつろいだり、酒を飲みながら夜を徹して議論を交わしたり。このような光景は、昔から続く駒場寮の「伝統」とも言うべきものです。その中から、多くのものが生まれてきました。
1996年以降の学部当局の「廃寮」宣言と熾烈な恫喝によって寮生数が4分の1にも減少してしまい、寮に足を踏み入れたことすらない学生が増えました。これは当然、学内交流の場としての駒場寮の在り方を破壊するものでした。これは、学内交流の阻害となるだけでなく、駒場寮が活気を失い、いわば干物化してしまう危機でした。駒場寮の「生きた」姿は、寮生だけでなく、寮外生との活発な交流抜きにはあり得なかったからです。
そこで駒場寮自治会は、寮生につてのない学生でも駒場寮に居場所を持てるようにして、人と人との交流の場を回復するため、クラスルームを開設することにしました。クラスルームは、制度としては新たな試みでしたが、基本的には「廃寮」攻撃の中で学部当局に奪われた学生同士の交流拠点の回復を目指す試みでした。そして、これまで5年あまりを経過し、駒場寮のクラスルームは一学期に、駒場の全クラス約130クラス中80クラス以上もが利用する、クラス活動の拠点として定着しつつあります。学期ごとにクラスルームの申請を受け付けていますので、使用を希望するクラスは寮委員会まで申し出てください。
学部当局関係者は「廃寮反対運動は後ろ向きで何にも新鮮味のない守りの運動だ」などと中傷しますが、とんでもありません。学内寮である駒場寮を「廃寮」攻撃から守ることは、取りも直さず学内交流の拠点を守ることを意味します。そのように自主的に守り抜かれた可能性ある空間からこそ、我々にとって有意義なものが生産されるとの確信の下に「廃寮」反対運動があるのです。何でも既存のものを潰して「新しい」ものに置き換えればいいというものではありません。
寮生の部屋がその友人を中心とした交流拠点としても機能していた訳ですが、さらに交流に重点が置かれると、その部屋は事実上の部室となります。96年3月まで駒場寮に存在した全ての部室は、寮生が部屋登録した事実上の部室でした。このような利用状況の背景には、広い空間を24時間自由に使えるということだけでなく、駒場キャンパス全体のサークルスペース不足という実態が勿論あったのですが、このような利用形態が可能となった理由は、まさに部屋内自治にあります。ある部屋内の寮生が部室的な利用形態を望めば、部室として使うことが出来たのです。それで、部屋全体が部室ではなくて半分だけ部室とか、登録寮生の最低限の生活部分以外が部室とか、いろいろなケースがありました。
学部当局の「廃寮」恫喝によって退寮したサークルも多くありました。退寮の背景には、単にサークルが不利益を被るかも知れないというだけでなく、登録した寮生個人が不利益を蒙るかも知れないという危惧があったのです。我々はこの点についても考慮し、96年4月以降、寮生個人単位ではなくサークル単位でも部室を持てるように規定を変更しました。その結果、再び寮内に部室を求めるサークルが現れるようになりました。現在、駒場寮内に部室を持つサークルの多くは、この新規定に基づいて入寮しています。
このような対策は、クラスルームの場合と同様、交流拠点としての学内寮の役割を学部当局の「廃寮」攻撃から守るために執られました。そのような対策が執られた理由は、単に交流の場の需要に応えるというだけでなく、それらの交流から得られた蓄積を基に寮自治が発展してきたからに他なりません。学部当局は、当局の管理が行き届かない、学生たちの「訳の分からない」場所を駒場から消滅させようとしています。「法的措置」で学部当局の「管理不行き届き」が強調されたのは、決して偶然ではありません。しかし、我々は学部当局の管理徹底化による自主的な多様性の切り捨てが、我々にとって有意義なものを生産するとは全然考えていません。学生から自主性を奪い、自主管理を潰すことに我々は強く反対しています。
多様な交流を基礎にして、駒場寮の自主管理が成り立ってきました。それらが駒場寮の自主管理の質に大きな影響を与えてきました。駒場寮存続運動は、口先の反対に終わるのではなく、価値あるものを守り発展させようとする努力の中で続けられてきたのです。
個々人の自主性がまず第一に尊重され、意志決定への関わりが全ての構成員のごく身近に保障されていること。これが自主管理の理想です。様々な寮生(学生)が寝起きを共にしながらお互いの意見を率直にぶつけ合う、サークル的生活や自主的なサークル活動が行われる、そのような営みが駒場寮に於ける自主管理の根拠をなし、自治を支えている訳ですが、そのような空間は、学内外を問わず極めて限られているのが現実です(から、希少価値があります)。しかし不完全な形ではあれ、駒場寮に存在する以上、自主管理の理想が非現実的だとは言えませんし、社会に対しても意味を持つ在り方である筈です。その意味で、このような在り方を「非日常」と呼んでみたいと思います。
このような在り方が、何故駒場寮に於いて可能となったのか、その歴史的背景については是非とも考えねばなりません。単に、昔からの寮生の成果とは言い切れず、エリートのための特権的な閉鎖空間であったことの裏返しに過ぎなかったということもまた事実です(戦前の第一高等学校時代、寮生は地域住民を指して「世俗人」などと呼んでいました。そのような特権意識にアイデンティティの根拠を有した閉鎖的な共同体の「自治」は単なるエリートのママゴトに過ぎません)。そのような発想を否定しながら、自主管理の理想を広めていくことは、社会的な価値を持つ行為であると考えます。駒場寮は「非日常」拡大の拠点としての意義を持っているのです。そのささやかな実践が駒場寮の寮祭です。
駒場寮祭は現在、一年に2回程度行われています。寮祭では寮内での自主的活動を学内外にアピールするのみならず、寮生でなくても運営スタッフに迎えることによって共同して場を創造することが追求されます。その「非日常」の共同経験の中から、新たな交流が生まれ、意味あるものが創り出されると考えます。
93年、94年には寮食堂南ホールを利用した巨大なクラブを敢行し、それぞれ1000人近くの人が広く学内外から訪れました。また、95年にはアーティストの協力を得て寮階段を壁画で、会議室を眩いピンク色で埋め尽くしました。1996年に学部当局による一方的「廃寮」宣言が出された後も、駒場寮の寮祭は依然として大きな盛り上がりを見せています。98年、99年、2000年の秋の寮祭では、駒場史上最大の36枚からなる「寮祭」の巨大たて看板を作成したり、99年の夏の寮祭では寮歌(寮祭歌)を公募して制定したり、またビデオの上映や写真の展示をおこなって、駒場寮問題について多くの人に触れてもらうことが出来ました。このように駒場寮の寮祭は、寮の自主的活動をアピールしただけでなく、「廃寮」宣言後も寮が依然として健在であることを印象付けるものとなっています。
今後も寮祭は行われます。そして、駒場寮の意義を共有していきたいと思います。
毎年11月に駒場キャンパスの学生自治の祭典=駒場祭が行われます。この駒場祭に少なからず駒場寮も貢献してきました。クラスやサークルでの駒場祭に向けた準備や打ち合わせの場として駒場寮は機能してきたのですが、それは、先述したような、学生同士の交流・自主的なサークル活動の場として駒場寮が機能している以上、当然のことです。
特に、広い空間を24時間自由に利用出来る駒場寮は、準備が夜遅くまでかかってしまう、或いは物品を多数保管する空間が必要な場合に不可欠の場所です。毎年、文V劇場に参加するクラスをはじめとする駒場祭参加クラスがクラスルームを中心に、またサークルが短期部屋貸出などで駒場寮を利用しています。
駒場寮が学生の自主的活動に利用されている実態を無視出来ないと見るや、学部当局は「寮内サークルスペースの代替」と称する「キャンパスプラザ」に「学生自治の基礎であるクラス活動のための空間」を作ろうなどと宣伝してきました。ところが、「キャンパスプラザ」はもともと「廃寮」後に寮内サークルを収容する目的で計画されたものですから、狭い総面積からして「クラス活動のための空間」とはなり得ません。この点について学部当局関係者に問いただしたところ、何一つ答えることが出来ませんでした。そして、実際に完成したキャンパスプラザにはそういった場所は設けられませんでした。
駒場寮はその他にも、学外の人に居場所を提供する役割を果たしています。駒場寮のOB・OGが、後輩の部屋や元所属サークルに遊びに来るということはしばしばあります。既に社会人となったOB・OGとの交流は、高校出たての経験未熟な学生同士の交流に知的な刺激や活、一昔前の駒場のマル秘情報をもたらしてくれます。
もともと駒場寮には、18歳の新入生から30を過ぎた博士課程まで、経歴の差も幅広い寮生たちが住んでいます。しかし皆学生という点は同じで一定の同質性を持っており、多様性にも限界があることは否めません。同じ学生の立場を経て社会人の立場からも意見を述べることが出来るOB・OGとの交流はより正確に社会を見つめることに役立っています。
OB・OGとの交流は、学生自治にとっても意味があります。特に駒場では熾烈な進振りの末に僅か2年間でほぼ全員が入れ替わってしまいます。そのような駒場で学生自治の連続性を保つことは容易ではありません。しかしOB・OGとの日常的交流があれば、我々の入学前の出来事をリアルに知ることが出来るのです。例えば、17年前に結ばれた「84合意書」が駒場寮で風化しないのもOB・OGとの交流によるところが大きいのです。
駒場寮の「廃寮」は、駒場寮を拠点としたOB・OGとの自主的な交流・学生自治の連続性の断絶を意味します。その断絶が、学生自治にとって有益か、一体誰にとって都合のよいことなのかという視点から「廃寮」問題を考えることも忘れてはなりません。何故ならば、我々の依拠する学生自治は、学部当局に与えられたものではなく、全てこれまでの学生の自主的活動の積み重ねであるからです。当然ながら、学部当局は都合の悪いことは何一つ教えてくれません。学生は学生自身の手で学生自治を引き継いでいかねばならないのです。それは単に現在の我々にとって、というだけでなく、将来の学生にとっても重大な関わりを持つ問題なのです。
我々は過去に固執するために「廃寮」に反対なのではありません。むしろ、「廃寮」によって将来の学生たちの自主的な交流が断絶させられ、阻害されるような事態が彼らにとって不幸な事態であると考えているからこそ「廃寮」に反対しているのです。
駒場寮には寮生という住人がいるので、交流の質も固定化・限定化された空間であると思われがちです。確かに、定住者の存在に由来する相対的に強い共同体意識はありますが、その意識が決して内向的・閉鎖的なものではありません。定住者が寮外に対して閉鎖的であることに駒場寮としてのアイデンティティを求め、共同体意識の根拠を持つのであれば、非常に醜悪なことです(駒場寮に限らず、大学とか東大とかいったことにも当てはまります)。しかし駒場寮に於ける自治、または人的交流がそのようなものではないことはこれまでの文章で伝わったと思います。
寮内外の交流から、社会に対する自己の位置・立場性が見えてきます。寮生の内的居住空間である寮と、寮外に解放された場というのは一見矛盾するように思われますが、駒場寮が単なる寝泊まりの場に止まらず、開かれた交流をも目指す場である以上、互いに相容れないものではありません。そしてその「開放性」を保障する自主管理が駒場寮には存在します。交流の可能性を広げる解放的要素は、駒場寮的交流に内包されていたものであるばかりでなく、「開放性」を保障する自主管理空間が学内外を通じて非常に限られている現状に於いて、駒場寮が「外」にも開かれた場としての役割を果たすべき責任は大きいと言えるでしょう。
9. 貸出施設を設置
今述べたような、寮外にも開かれた場としての理念をどう具体化すべきでしょうか。考えるべきは寮生・寮内サークルにつてがない場合ですが、駒場寮に於ける交流に誰でも参加出来るような入り口が必要であることが分かると思います。そこで、我々は貸出施設を制度化して管理運営することを通じて、駒場寮をより開放的な空間とする努力をしてきました。会議室やコンパルームをはじめとする貸出施設がそれです(詳しくは別に配布されているHomepageをご覧下さい)。貸出施設といっても、それが駒場寮に於ける自治の一環として運営されているということがここでは重要です。実際に使う人々(寮生を含めて)の手によって、つまり実際に使う人々の立場から、駒場寮の貸出施設は管理運営されているのです。純粋に管理人の立場から学部当局が時間を区切って貸し出し、管理する施設とは、場の位置付けが根本的に異なる訳です。
また、貸出施設という訳ではありませんが、駒場寮には北寮0S駒寮カフェなどの公共的なスペースもあります。寮内の溜まり場でお茶や酒を飲むことも出来ますが、そのようなつてがない人でも気軽に立ち寄って駒場寮に触れることの出来る場として駒場寮総代会で設置が決められ、寮生を中心に自主的に運営されています。
駒場寮は居住空間ですから、当然寝ることも可能です。友人の部屋やサークル部屋に泊まるだけでなく、寝るあてのない人でも寝られるように、一泊200円で泊まれる仮宿泊制度があります。この制度も、単に寝場所を提供するという消極的な位置付けで運営されているのではありません。駒場寮に於ける昼夜を問わない自主的活動を寮生・サークル生などの一部の定住者で特権的に独占するのではなく、より広範な人々にそこへの参加の機会を提供して交流の可能性を生み出すものとして自主的に位置付けられているのです。
この仮宿泊制度によって、学内外を問わずこれまで多くの人々が駒場寮を利用しました。駒場寮の仮宿泊があるから、物価の高い東京に来れるという地方の学生・院生も大勢います。また、フランス、ドイツ、ベトナム、韓国、アメリカ、イスラエルなどからの旅行者も訪れて国際的な交流が自主的に行われています。外国の学生寮には泊まれるケースが多いので、外国人旅行者に対して宣伝活動をしなくても泊まれると思ってやってくるのです。学部当局は「本学に関係ない者が寝泊まりすることによって不当に恩恵を享受するのは許せない」などと言っていますが、それは彼らが宣伝する「開かれた大学」や国際交流といったことと矛盾しているとしか言いようがありません。