第2部 自主管理空間としての駒場寮

1. 制度としての駒場寮自治会

 経済的側面だけで駒場寮の意義は語り切れません。そこにはもう一つの大きな意義があります。それが自治、自主管理空間としての駒場寮の価値なのです。自主管理は制度化されたものとそうでないものがありますが、まず前者について考えてみたいと思います。

・駒場寮自治会という学生自治団体
 駒場寮の管理運営主体は駒場寮自治会です。これは駒場のジュニア・シニア・院生等の寮生によって構成される学生自治団体です。寮に関係する公式の組織は全てこの寮自治会の枠組みの中にあります。駒場寮委員会は寮自治会のいわば内閣ですが、その責任者である寮委員長は全寮投票によって直接選出され、寮委員長の指名、総代会の承認によって寮委員会が発足します。総代会とは、各部屋の代表寮生によって構成される最高議決機関であり、いわば国会に相当する組織です。この冊子について言えば、「廃寮」反対運動を進める総代会決定に従い、執行機関である寮委員会が意義についての冊子をまとめるという具体的行動を決めて配布したものです。この他に裁判所に相当する懲罰委員会、各委員会へのチェック機関である監査委員会、行事の度に組織される寮祭実行委員会や寮オリエンテーション実行委員会などがあります。以上の通り、駒場寮自治会は独自の構成員と独自のシステムを有し、一学生自治団体として存在してきました。

・駒場寮自治会の憲法−寮規約
 寮自治会のシステムを定めた、憲法に相当するのが寮規約です。また運営方法について細かく定めた、法律に相当するのが寮規定です。寮自治会はこれらの自主的なルールに基づいて駒場寮の管理運営を行ってきました。寮規約は同時に、規約及び規定の改廃権を寮生に与え、寮自治が硬直化せずに発展していく可能性を保障しています。寮自治会は時代の要請に応えるべく、女子入寮・サークル入寮等を実施しましたが、これらは立法府たる総代会での決議を経て行われた、寮生の正当な権利に基づくものであり、学部当局が言うように「勝手に」ルールを変えたのではありません(特に女子入寮については、1年以上にわたる総代会での激論・保留の末にようやく可決されたものです)。

・入退寮選考と財政管理
 新たな寮生になる学生の選考は、駒場寮が発足して以来、一貫して執行機関である寮委員会が行ってきました(従って、学部当局の「違法な勧誘」という主張は誤った一方的な宣伝に他なりません)。また、滅多に発動されませんが、退寮処分を下す権限も寮委員会にあります。入退寮選考は、寮生が「自分たち」を決める、自己規定なのです。
 また財政管理権は、寮自治を金銭的に支えるために不可欠です。現在、水光熱費・寮自治会費・寄宿料(代理徴収)を一括して月6500円を寮委員会が徴収しています。その内、寮委員会は寮自治会費を様々な経費に充てています(この冊子も寮自治会費で作成しています)。
 寮自治会は学部当局の御用団体でも委託団体でもありませんから、構成員となるべき学生を選考し、その財政基盤を確保することは当然です。勿論、それらの権限の行使に責任を負うことは言うまでもありません。

・フロア会議
 主に寮生の生活に関係する事柄を扱うのがフロア会議です。意志決定プロセスを複線化し、寮自治をより身近なものにしていく場です。いわば寮内の地方分権ですが、寮自治をより民主化していく取り組みとして1996年から開始されました。
 以上、自主管理の制度化された部分について明らかにしました。寮生が単なる「不法入居者」集団ではなく、駒場寮が駒場寮自治会という制度によって管理運営されている空間であることがお分かり頂けたと思います。

2. 共同生活の意義

 制度化されない自主管理とは、相部屋での共同生活のことです。駒場寮では、当然ですが、各部屋の寮生に部屋内についての一切が委ねられています。他と違うのは、各部屋が相部屋であるということです。寮生は、委ねられた一切について、自分一人で決めるのではなく、同室の寮生と相談した上で判断をしていくことになります。例えば、部屋のレイアウトをどうするのか、禁煙にするか、何を共用にするか等等についてです。そもそも入寮後、住む部屋を選ぶという最初の作業から、いろいろな部屋の住人と話をしながら決定することを経験することになります。
 各部屋の中で、民主的に決定をしていくということは、寮規約の中にいちいち明文化されている訳ではありません。しかし、民主的に部屋運営をしなければうまくいかないということは、結果として生活の至るところに現れてくるのです。そのような経験をする中で、より民主的に部屋運営をすべきだという結論に至る訳です。
 共同生活というと、規則に縛られて自由でないというネガティヴなイメージを持っている人もいるかも知れません。しかし、駒場寮では押し付けられた規則はありません。例えば禁煙にするかどうかというふうに、そもそも規則が必要かどうかから議論がなされます。プライバシーがないと言う人もいるでしょう。そういう人には、本当に共同生活で守れないものなのか、プライバシーの中身をよく考えて欲しいと思います。恐らく、引き出しにカギを付ければ済むことではないでしょうか。
 相部屋での共同生活は、限定された会議の場ではなく、まさに生活そのものの中で民主主義を学んでいく非常に重要な手段です。しかし学部当局が駒場寮の代替施設とする「三鷹宿舎」は完全個室制で、共同生活の可能性を否定しています。
 学部当局は、相部屋は時代のニーズではないなどと簡単に主張しますが、学寮は単なるアパートではありません。生活と切り離せないところから民主主義を実践していく可能性を切り捨ててしまうことは、学寮にとって非常なマイナスなのです。

3. 自主管理を支えるイレモノ

 共同生活を可能にするためには、それなりのイレモノが必要です。一部屋24畳(40u)という広さを始め、炊事場・トイレ共同などの施設面の条件が駒場寮には整っています。特に、部屋の広さ(天井の高さ)は部屋内自治に広がりを与える条件となっています。レイアウトに工夫を凝らしたり、サークルの部室としても使用したり、壁画を描いたり出来るのはまさにこの条件があるからです。
 一人当たりの面積からすれば(一部屋定員3名)、「三鷹宿舎」の一部屋13uと殆ど変わりません。駒場寮が無駄にデカいというのは実は幻想で、むしろ共同生活をすることによって有効に利用されています。
 また、駒場寮の古さ(多少の汚さ)も多様性を許容する心理的要因として共同生活を支えています。寮生・寮利用者は、まず駒場寮の古さ(汚さ)という異質を許容するところから寮利用を始めるのことになります。何事に対しても見た目だけで判断すべきでないことを教える装置として寮建物が機能していると言えます。
 塵一つ落ちていない無気質な建物からは多様性は生まれません。そのような建物は「見た目がいいこと」を価値として与える装置として機能するのです。

4. 寮自治を支える土台

 寮自治の制度化された部分が寮自治会なのですが、それはその制度によってのみ運営されているのではありません。共同生活の中で日常的に経験される民主主義、換言すれば日頃から意見交流している寮生同士ということを土台として存在しているのです。
 人的交流なくして意見交流はありませんし、意見交流なくして民主的運営はありません。寮自治会は上意下達の硬直化した組織ではなく、日常の共同生活の中での経験を土台とする多様性を内包する組織なのです。
 寮生による自主管理について考察しましたが、これだけでは特権者集団=寮生たちの好き勝手ということで終わってしまいます。我々はそんな「自主管理」を望んでいるのではありませんし、それは駒場寮の実態ではありません。以下、駒場寮と寮生以外の人々との関わり・学生自治に果たしている駒場寮の役割などについて考えたいと思います。

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