4月19日第6回口頭弁論報告

第9 他の根拠に基づく駒場寮自治会の占有権原

 控訴人らの主張する駒場寮自治会の占有権原は、慣習に基づく法的根拠も有するものである。

1 駒場寮の管理に関する慣習の存在

(1) 前述のような、長年にわたる駒場寮自治会による駒場寮管理の経緯からすれば、駒場寮への入寮者の選考、部屋割り、退寮処分など、駒場寮の日常的な管理の中心部分は駒場寮自治会に委ねられてきたことは明らかである。当事者たる東京大学と駒場寮自治会は、再三にわたってそれを前提とした書面が作成されるなど、駒場寮自治会の管理権限の存在の規範性を共に認めてきた。
 従って、駒場寮自治会が駒場寮の管理権限を有するとの慣習が確立していたことは明らかである。
 右慣習は、民法92条あるいは法例2条により東京大学と駒場寮自治会双方を拘束する法規範性を有しているものというべきである。

(2) ところが、原判決は、民法92条及び法令2条の解釈・適用について以下のように述べる。
1) まず法例2条については、「法例二条は、公序良俗に反しない慣習のうち、法令の規定によって認めたもの及び法令に規定のない事項に関するものに限り法律と同じ効力を認めた規定であるところ、本件においては、本件建物の管理について法令に規定が存在するのであるから、法例二条が適用される余地はない」(原判決76頁)
 しかしながら、国有財産法等の規定に駒場寮自治会への管理権限の委譲を定めた規定が存在しないことは確かであるが、駒場寮自治会に管理権限を委譲することを禁止する規定も存在しないのであり、本件は法令に規定の存在しない場合というべきであって、まさに慣習が法的規範性を有する場面であるというべきである。
2) つぎに、民法92条については「また、民法92条は、法令中の公の秩序に関しない規定について異なった慣習が存在し、法律行為の当事者が慣習による意思を有する場合に、その慣習に従うことを規定したものであるところ、被告らの主張する慣習は強行規定である国有財産法18条の規定に抵触するものであるから、民法92条が適用されることはない。」(原判決76〜77頁)
 しかし、この点についても、後述のように駒場寮自治会に管理権限を認める慣習は、国有財産法の趣旨に反するものではなく、むしろその趣旨に合致するものである。また、国有財産法は行政財産に対するいかなる意味での私権を禁ずるものではないし、1964年の改正前からの経緯によって、実際には行政財産に対する私法上の権利が認められる実例も多数存在するのである。さらには、駒場寮自治会による管理はまさに憲法が要請するところの「大学に自治」の発現というべきである。したがって、国有財産たる駒場寮に対する管理権限を駒場寮自治会が有することは、決して「公序良俗」に反するものとはいえないのである。

2 先例としての慣行休息権事件


(1) 加えて、本件のような国有財産の管理に関わる問題について、事実たる慣習による権利義務関係の設定が認められた裁判例が存在する。
 東京中央郵便局のいわゆる慣行休息権確認請求事件において、公務員の勤務条件という公法的関係においても、民法第92条の事実たる慣習にもとづいて労働条件が決定される余地のあることを認められているのである(東京高裁平成7年6月28日判決・判例時報1545号99頁)。
 右の訴訟は、東京中央郵便局に勤務する郵政職員が、郵政大臣の定める郵政職員事業職員勤務時間、休憩、休日及び休暇規定の基準を超える休息が慣行として存在していたにもかかわらず、東京中央郵便局長が基準を上回る休息を一方的に廃止したことに対して、職員らが国に対して従来どおりの休息権の確認等を求めた事案である。
 右訴訟で、職員らは、民法第92条の事実たる慣習を休息権の存在の根拠の一つとして主張したが、これに対し国は、郵政職員の勤務関係は基本的には公法上の関係であって、勤務条件法定主義の適用を受けるとして、労使慣行を認める余地はない旨主張した。この点に関し、裁判所は、「労使慣行による規律の可能性を全面的に否定することはできない」と判示して、国の右主張を斥けているのである。

(2) 右の判決の趣旨を敷衍すれば、本件のような国有財産の管理をめぐっても、民法第92条の事実たる慣習にもとづく権利義務関係の設定が認められるということになる。とりわけ、本件が憲法第23条に由来する大学の自治をめぐる問題であり、「大学は、国公立であると私立であると問わず、学生の教育と学術の研究とを目的とする教育研究施設であって、その設置目的を達成するために必要な諸事項については、法令に格別の規定がない場合でも、学則等によりこれを規定し、実施することのできる自律的、包括的な権能を有」する(最高裁昭和52年3月15日判決・民集31−2−234)とされていることからすれば、民法第92条の適用の可否に関する右判例の結論が本件にも適合することはいっそう明白である。
 ところで、前記東京高裁判決は、勤務時間規定に抵触する慣行が法規範としての効力を認められるための要件として、@慣行にかかる事実が長期間反復継続して行われていること、A当事者が明示的にこれによることを排斥していないこと、B労働協約締結権限を有する者、就業規則を改廃する権限を有する者が慣行を規範として認める意思を有していたこと、という三点をあげている。
 この要件の適否は別として、本件では、@駒場寮自治会に管理権限を認める取り扱いが長期間にわたって反復継続して行われており、A東京大学も駒場寮自治会の管理権限を否定するような言動は全くとっておらず、Bかえって、法令上管理権限を有する大学当局は、文書等によって駒場寮自治会の管理権限を認める態度をとっていたことが認められる。すなわち、本件においては、前記東京高裁が示した要件はすべて満たされているのである。

3 賃貸借契約に基づく占有権原

(1) 前述のような駒場寮の管理をめぐる慣行、すなわち駒場寮自治会に入退寮選考権や居室決定権などの駒場寮の管理に関する事務の委託がなされ、それにもとづいて駒場寮自治会が学生を入寮させ、居室を決定し、教養学部長がこれを自動的に承認するという慣行からすれば、国と個々の寮生との間に寄宿寮の国庫への支払を要素とする各居室に関する賃貸借契約が成立するというべきである。
 従って、控訴人のうち占有移転禁止仮処分の当時駒場寮生であった者については、右賃借権を占有権原として主張することが出来るのである。

(2) これに対し、原判決は、賃貸借契約の成立については「本件全証拠によっても、右のような契約が締結されたことを認めることができ」ず、さらに国有財産法上、賃貸借契約が成立することは、昭和39年の改正以前であってもあり得ない旨述べて、これを否定する(原判決77〜78頁)。
 しかしながら、国有財産法上、一切の私権の設定が禁じられているものと解することはできず、賃貸借契約を否定する根拠とはならない。
 また、国有財産法第18条の規定は、1964年の法改正によって定められたものである。改正以前の国有財産法は、国有の公物について「行政財産はその用途又は目的を妨げない限度において使用収益させる場合を除く外、これを貸し付け、交換し、売り払い、譲与し、若しくは出資の目的とし、又はこれに私権を設定することができない」旨を定め(18条)、例外として、「その用途又は目的を妨げない限度において使用収益させる場合には」、普通財産の貸付け等に関する規定を準用することとしていた(19条)。
 したがって、改正以前は、許可処分を要さずに合意により国有財産に占有権限を設定することが認められていたのである。
 そして、この占有権原は私法上の占有権原であると解するのが通説である(田中・行政法総論236頁、原・公物営造物法(旧版)96頁、渡辺洋三「公法と私法」民商38巻1号46頁以下、成田頼明「行政法における『公法と私法』の問題をめぐる判例の推移」公法研究22号111頁以下)。
 行政解釈も同様であった(昭和29年3月3日の法制局の意見=法制局1発第10号大蔵省管財局長宛法制局次長回答、同趣旨、昭和29年6月22日法制局1発第29号大蔵省管財局長宛法制局次長回答)。
 判例も、行政財産に私法上の使用権を設定しうることを認めていた(昭和37年8月13日鹿児島地判下級民集13巻8号1679頁、昭和38年7月17日東京地判判時350号25頁、昭和42年3月14日東京地判判タ208号181頁)。
 この点につき、神長意見書(乙165)は、国有財産法18条の立法趣旨は、国民の財産である行政財産の管理及び処分の在り方を毀損する、または権利の帰属を危うくするような私権が設定されることを排除する目的によるものと考えられ、学長の使用許可取消権が留保されている限り、賃貸借関係の成立を認めたとしても問題はない」と述べる。ただし、学長の入寮許可取消権留保は、入寮許可取消権が濫用されていいことにはならない、と述べている。
 そして、この入寮許可取消権限行使の統制について、国有財産法18条を根拠に直接借家法を適用するのは無理があるとしながらも、「具体的な入寮選考は駒場寮自治会によって行われ教養学部長はこれを自動的に承認していた」ことを根拠に、駒場寮自治会と学長との合意に基づく信頼関係の保護に依拠するとしている。
 従って、駒場寮自治会と学長との信頼関係によって学長の入寮許可取消権限が統制され、右信頼関係を破壊するやり方では入寮許可取消は認められないのである。


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