4月19日第6回口頭弁論報告

第8 寮自治会の管理権限の存在を裏付ける事実

1 駒場寮管理の実態

 上記の通り、駒場寮においては旧制一高時代からの寮自治が学部側から承認されてきた経緯に加え、東大闘争を経て84合意書に至るまで、寮自治会の権限がはっきりと大学自治の一環をなすものとして承認されてきた。
 この寮自治会の権限は駒場寮の管理運営の最も根幹にかかわる入寮選考・決定にまで及ぶことが繰り返し確認されてきた。即ち、駒場寮の管理運営の実態は、寮自治会が次のとおり全面的に責任を持って行うものであった。

(1) 入退寮手続

 誰に寮を占有使用させるかという問題は寮の管理運営、占有使用において最も重要な事項であり、寮の占有支配の帰属を判断するに当たって最も重視しなければならないことはいうまでもない。この点で、駒場寮においては前記のとおり入寮選考・決定権限を寮自治会が有することが繰り返し確認されてきたが、その実態は入退寮手続全般にわたるものであった。
1) 駒場寮の寄宿寮規約第2条は「東京大学教養学部学生は、寮委員会の資格審査を経て、この寮に入寮することができる」と明記して、東大教養学部学生であること以外は寮委員会の資格審査のみを入寮の要件としている(乙9・2頁)。寮委員会が入寮選考に責任を持つことは、「入退寮及び寮籍管理に関する規定」第5条、第7条等にも明記されている(乙9・63頁)。
 実際の入寮手続は、寮自治会が募集時期を決めて公示するとともに、教養学部厚生掛に連絡し、学生課の掲示板に入寮募集の掲示をする。また、新入生に対する入寮募集については、募集案内と入寮願書を寮委員会が作成し、厚生掛を通じて新入生用の配布書類にそのまま添付していた。そして、この入寮願書は学部当局ではなく直接寮委員会に提出するようになっており、実際そのようにして学部当局が全く関与せずに入寮選考は行われていた。入寮決定は寮委員会(寮委員長)の名で行われ、在寮証明書も寮委員長名で発行されていた(乙37)。
 学部当局は前記のような寄宿寮規約や規定の存在を当然知っており、そのうえで右のように寮委員会の行う入寮募集手続に協力していた。新入生の中には入寮願書を間違えて学生課に提出してくる者もあったが、そのような場合は学生課が新入生に間違いを指摘して寮委員会に願書を届けさせていたのである。入寮許可についても、前記の矢内原方式で問題となった形式的な入寮許可証の一括交付さえ東大闘争後は全く行われなくなり、寮委員会から学部に対して毎月月初めに在寮生の数と入退寮者の氏名を記した異動報告のみが行われていた(以上、成瀬証人40頁〜44頁、乙36、乙48等)。
2) 退寮手続についても前記「入退寮及び寮籍管理に関する規定」第三章に明記されているとおり、すべて寮委員会が責任を持ち、学部当局は一切関与していなかった(乙9・66頁〜)。強制的な退寮処分についても、懲罰委員会等の寮自治機構を通じて行われ、学部は一切関与していない。
3) 以上のとおり、寮の管理運営にとって最も重要な入退寮手続は名目的にも実質的にも寮自治会によって行われていたのであり、学部当局もそのことを承認して協力していたのである。

(2) 日常的な寮の管理運営について

 駒場寮の管理運営を行う寮自治機構は、寄宿寮規約により決議機関である「総代会」、執行機関である「寮委員会」、裁判機関である「懲罰委員会」、監査機関である「監査委員会」が常置され、実際に右の諸機関が活動して寮の管理運営が全面的に寮自治によって行われていた。管理運営の内容は、右の入退寮手続の他、各寮生の部屋の配置と部屋替え、さらには食堂や寮務室等の職員の雇用管理にまで及んでいた。

1) 寮食堂の管理運営について
 駒場寮の食堂は、1981年ころに東大生協の委託経営となるまでの間、駒場寮自治会が長年数名の職員(炊婦・栄養士他)を雇用し、寮委員会食事部を中心として全面的に寮自治会が経営していた(乙32、成瀬証人・55頁)。
 食事部の業務は職員の管理だけでなく、献立の検討から、食券の発行、会計管理、食堂業務の手伝い等多岐にわたる大変なものであった。職員の管理については、給与の計算から支払い、毎年の春闘の賃金交渉も寮委員会が行っていた。
2) 寮務室職員の雇用問題
 右の寮食堂職員と同様に、寮務室で電話の取り次ぎ、郵便物の仕分け等々の日常業務を行う常勤職員も、1984年頃までは駒場寮自治会が雇用していた。
 1984年に前記の負担区分問題が発生し、寮生の負担区分が増加することになった際に、寮生の負担を軽減するため右の寮務室職員は学部職員として雇用されることになったが、長年の間寮務室に勤務していた寮務室職員の門野氏が高齢と健康上の理由でいずれ退職が予想されたため、後任人事が問題となり、駒場寮自治会は学部側と、「採用にあたっては、寮生の意見ならびに希望を最大限に尊重する」との文書による合意(乙31)を行い、その際に口頭で、「後任人事には寮生の推薦と寮生との協議をもって対処する」との確認も行った。
 このように寮の管理運営(占有使用)にとって不可欠な職員を、駒場寮自治会は長年の間自らの負担で責任を持って雇用し続け、1984年に寮生負担の軽減のために学部職員となった際も人事は実質上駒場寮自治会の同意のもとに行われるように合意されていたのである。
3) ボイラーマンの雇用
 寮に付属する寮浴場の管理運営も駒場寮自治会が行っていた。
 寮浴場は、寮委員会が雇用するボイラーマン(主に寮生のアルバイト)が、ボイラーの作動、給湯、浴場・浴槽の清掃、設備の管理等を行っていた(甲9・77頁〜)。このボイラーマンの賃金については学部が負担していたが、その形式は、毎年4月に寮委員会管理部長が学部との間でアルバイト契約をして、毎月の給与を学部から受領し、それを駒場寮自治会の会計に全額入れて駒場寮自治会からボイラーマンに給与を支払っていた(成瀬証人・56頁)。
 このような寮浴場管理の実態も、学部側から駒場寮自治会に全面的に寮施設の管理運営(占有使用)が委ねられていたことを示すものといえる。
4) 浴場の移転構想
 なお、右の寮浴場については、その老朽化により湯の温度が上がらない等の問題が長年指摘され、駒場寮自治会側から学部側に改修が要求されていた。そして、学部側も寮生側の要求を受けて、1987年には「駒場寮浴室移転についての基本構想」を工事図面を付けて提案するまでに至っていた(乙30)。
 これは、「寮の老朽化」という国の主張に反し、当時の学部当局が寄宿寮としての駒場寮を将来にわたって存続させる意思を持っていたことを示すものといえる。
5) 寮への立ち入り、施設の点検、補修その他
 その他、寮の管理運営・占有使用の実態を示す事実として、学部職員の寮内への立ち入りにあたっては必ず駒場寮自治会に事前連絡がされる慣行となっていたことが挙げられる。
 もとより駒場寮は大学キャンパス内の開放的な構造をもった寮であるが、学部職員は普段は寮内に立ち入ることはなく、施設の点検、補修等何らかの必要な用事で寮内に立ち入る際にも必ず寮委員会に事前に連絡をしていたのである(成瀬証人・58頁)。

2 全寮連、都寮連の書記局設置が示すもの

 教養学部学生部は、全寮連発行の機関紙「緑の旗」(発行住所は駒場寮内全寮連書記局)を国庫支出により長年定期購読してきたのだから、教養学部当局は駒場寮内に全寮連、都寮連の書記局が存在することを当然知っていたものといえる。にもかかわらず、教養学部当局は、駒場寮「廃寮」に至るまで全寮連、都寮連に対して立ち退きの申立などをしてこなかったものである。
 以上の事実は、東大教養学部当局が、全寮連、都寮連の所在と取り組みを容認していたことを示すと共に、駒場寮自治会に、寮の一室を大学外の関係団体に貸すという重大な管理権限を委譲していた事実を示すものである。

3 東京大学教養学部の認識

 以上のように、駒場寮は文字通り「自主管理」の寮として、駒場寮自治会が全面的に管理運営、占有使用を行っていたのであり、そのことは長年の慣行及び学部交渉の合意により駒場寮自治会の権限として確立していたのである。
 さらに、駒場寮自治会が日常的に駒場寮を管理していたことは、東京大学教養学部当局も当然の事として認識していたことは明らかである。
 1996年4月1日の東大教養学部長名の駒場寮自治会代表宛文書(甲24)には、「本日以降は学部が旧駒場寮の建物、備品等を管理することとなります。」との文がある。これは、逆に言えば、1996年4月1日以前は駒場寮自治会が駒場寮の建物、備品等を管理していたことを学部当局も認識していたことを示しているのである。

4 東京大学における大学施設の管理の実情

 東京大学においては、駒場寮のほかにも、法律の明文規定はないにもかかわらず、国有財産である大学の施設の管理権限を学生の自治団体などに委ねているという事実が存在する。
 たとえば、教養学部内に存在する学生会館の管理運営については、教養学部と学生との合意にもとづき、その「運営を学生の自主的活動に委ね」られている。また、新学生会館の「管理運営についても・・・これを学生の自主的活動に委ねる」ことが合意されている(乙76の1)。そして、学生会館の管理権限の中心をなす施設の使用許可については、学生の自治団体である学生会館委員会が申請の受付および許可決定を行う取扱いがなされている(乙76の2)。
 また、国有財産である生協食堂の使用についても、生協食堂の店長らに施設の使用許可権限が委ねられている(乙77の1〜3)。
 さらに、教養学部の教室の使用については、教養学部学生自治会が使用許可証を発行する取扱いがなされている(乙78)。
 このような取扱いは、まさに前記室井論文が指摘するように、大学がその施設の設置目的に照らしてもっともふさわしい管理運営の方法を決定し、法令上の形式的な権限にこだわらずに学生団体等の大学自治の構成員に管理運営権限を移譲したものにほかならない。

5 駒場寮自治会による駒場寮管理の歴史的意義

 以上のように、本件における駒場寮の管理は、長年にわたり東京大学と駒場寮自治会の合意に基づいて行われてきたものであり、その管理の実際に関しては、時の文部省の方針と反することもあったが、駒場寮自治会はもちろんのこと東京大学当局も一体となって、合意に基づく駒場寮自治会による駒場寮の自主管理という点は堅持してきたのである。駒場寮の管理を巡る歴史的過程は、まさに「大学の自治」の発現というべきであり、自由かつ自律的な大学運営を実現してきたという点では、憲法理念を体現してきたというべきであった。「法律による行政」論を持ち出し、国有財産法で形式的に管理権限分属を否定する原判決の論理は、かかる駒場寮自治会による駒場寮管理の歴史的意義に対する評価をも完全に誤ったものといわざるを得ない。


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