はじめに
このページは、97年5月20日から6月23日までの通算10回、駒場寮委員会が学生向けに作成した『駒場寮の意義☆シリーズビラ』と題する一連のビラを基に、6月22日の公開シンポジウムに向けて編集し直した冊子『駒場寮の意義についての我々の見解』を99年に改訂したものに、さらに、2001年3月までの動向を付け加えて、再び改訂したものをウェブページ用に再構成したものです。
駒場寮は1996年4月、教養学部当局によって「廃寮」宣言がなされました。以降、様々な廃寮化攻撃が学部当局によって加えられましたが、「廃寮」に反対する寮生・学生はこれを許さず、広範な支援を得て駒場寮を守り抜いてきました。
一方、教養学部当局は1996年9月10日の「占有移転禁止」仮処分にはじまり、97年2〜4月の明寮「明け渡し」仮処分、そして同年10月の駒場寮「明け渡し」裁判の提訴を行うなど、学内での解決を放棄しており、駒場寮問題を大学の自治の埒外である裁判所に持ち込むまでに至っています。
そのような中でも、我々はあくまで誠実な話し合いによる本質的解決を目指しています。上述のシリーズビラもその一環として出されたものです。
なお、教養学部当局による一方的「廃寮」宣言に至る経緯や、暴力的実力破壊工事、および駒場寮問題を「法的措置」に委ねることなどの不当性については、97年のシリーズビラをもとに今回改訂を加えた『駒場寮「廃寮」の不当性解説集』も発行しています。この冊子もこのたび同時に改訂されました、併せてご覧下さい。
さて、駒場寮の意義についてですが、この冊子に全てが書き尽くされたという訳ではありません。と同時に、書かれた意義が意義と呼び得るか、という問題もあります。そもそも意義というものは、個人個人がそれぞれに考えるものですから、普遍化するのは容易ではありません。ある人にとっての意義が他の人にとっては何でもない、ということはよくあることです。しかし、それでも書き出すことには意味があります。その作業抜きに駒場寮とは何か、ということを共有化することは不可能だからです。
寮生・寮外生を問わず、ここに書き出された駒場寮の意義と自分の考える意義とを擦り合わせて下さい。そして、単なる擦り合わせに終わるのではなく、意義と呼べるものを創り出し、積み上げていって下さい。駒場寮の意義と呼ぶものの中には、将来への可能性も含まれているのです。
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