「法的措置」の時系列的ワンポイント解説

「法的措置」に関する主な経緯 詳しい経緯はこちら
1996年
6/206月教授会、「法的措置の学部長への一任」を「決定」
8/12学部当局・国側、「占有移転禁止」仮処分申し立て
9/3「占有移転禁止」仮処分不当決定
9/10第一次「占有移転禁止」仮処分執行
10/31寮側、東京地裁に「占有移転禁止」仮処分執行異議申立
1997年
2/5学部当局・国側、北・中・明寮の「明け渡し」仮処分申請
3/6第一回審尋
3/18第二回審尋
3/19学部当局・国側、北中寮に対する申立を取り下げ
3/25明寮「明け渡し」を認める不当決定
3/29明寮「明け渡し」仮処分第一次強制執行
4/10明寮「明け渡し」仮処分第二次強制執行
8/7第二次「占有移転禁止」仮処分執行
10/1学部当局・国側、北寮・中寮の「明け渡し」本裁判申立
1998年
2/20「明け渡し」本裁判口頭弁論開始
(2000年3月28日の第一審判決までに10回の口頭弁論、2回の証人尋問が行われる)

 ここでは特に分かりにくい「法的措置」の経過を簡単にまとめてみました。
 「法的措置」は大きく分けて「明け渡し」仮処分と「明け渡し」本裁判に分かれます。仮処分は法廷での審理を十分に行わずに非公開の審尋のみで決定を下す手続きで、緊急性のある場合にのみ認められるものです。しかし駒場寮問題は何の緊急性もなかったにもかかわらず、明寮に関しては不当決定が下され、97年4月の「強制執行」で極めて不当かつ暴力的に終結しました。学部当局は仮処分でも駒場寮を完全に潰すために、97年10月に北寮・中寮の「明け渡し」本裁判を提訴しました。「法的措置」は学内問題の当事者同士での話し合いによる解決を自ら放棄した行為であり、駒場寮自治会は一貫して「法的措置」の撤回を主張してきました。
 実際に「明け渡し」裁判では寮問題の本質的問題はほとんど議論されず、国の主張する官僚的な管理権の問題に収斂しています。このような場で学内の重要な問題を決定され、それをもって暴力的に学生を叩き出すようなことは決してあってはならないのです。

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